
アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎
目次
アトピー性皮膚炎とは、かゆみのある湿疹が良くなったり悪くなったりを繰り返しながら長期にわたり皮膚の炎症が続く病気です。アトピー性皮膚炎の原因は単一ではなく、アトピー素因(体質)やバリア機能の低下、過剰な免疫応答など様々な要因が複合的に関わっています。
ご家族やご自身に気管支喘息やアレルギー性鼻炎、結膜炎、アトピー性皮膚炎のうちのいずれ、あるいは複数の疾患を持っている場合や、IgE抗体(アレルギーにリンク)(異物に対するアレルギー反応に関わる物質)を作りやすい体質がある場合に、アトピー素因があると考えられます。アトピー性皮膚炎の患者様の多くはこのアトピー素因を持っているとされています。
皮膚のバリア機能には外部からの異物の侵入を防いだり、水分を保持して乾燥しないようにする働きがあります。特に皮膚の表層にあるフィラグリンというタンパク質は天然の保湿因子として皮膚の水分を保持したり、角層のバリアを強くする働きがあり、重要な物質です。しかし、日本人におけるアトピー性皮膚炎患者様のうち、20~30%はこのフィラグリンの遺伝子に変異があり、フィラグリンが減少したり消失したりすることでバリア機能の低下がみられます。
アトピー性皮膚炎の患者様の皮膚ではTh2細胞という免疫の細胞が活性化し、炎症や痒みを引き起こすたんぱく質(サイトカインと言います)がたくさん作られています。本来は痒みによって掻く行為は皮膚表面の微生物や異物を取り除こうとする正常な反応です。また、皮膚炎も微生物や異物から皮膚を守るための免疫という仕組みが起こす正常な反応の1つです。しかし、アトピー性皮膚炎ではこれらの正常であるべき反応が活性化されていて、炎症があるから痒くなり、痒くなるから掻いて皮膚のバリア機能が傷ついて、再び炎症が悪化する、といった悪循環に陥りやすい状態となっています。しかし、現在ではアトピー性皮膚炎の病態に深くかかわるサイトカインや、サイトカインが伝わる経路を阻害することで症状を改善させることのできる新しい治療薬(生物学的製剤、JAK阻害薬)が数多く出てきています。
日本皮膚科学会により作成されたアトピー性皮膚炎診療ガイドラインではアトピー性皮膚炎の診断基準が記載されています。それによると、
①痒みがあること
②発疹と分布が特徴的であること
③慢性に繰り返す経過(乳児では2か月以上、それ以外は6か月以上を慢性と定義)
の3つが大きな基準となっています。
よって、特定の検査によってアトピー性皮膚炎の診断が決まるわけではなく、上記の3つの基準やアトピー素因の有無なども参考に、症状や経過によってアトピー性皮膚炎は診断されています。
一方でIgE抗体値や好酸球数、TARC値などの数値を血液検査で調べることで、アトピー性皮膚炎の炎症の程度を補助的に評価することができます。よって、患者様によってはアトピー性皮膚炎の診断の補助として、あるいは治療効果の判定などを目的に検査を行うこともあります。
日本皮膚科学会のアトピー性皮膚炎診療ガイドラインによると、治療の最終目標は
・症状がないか、あっても軽微で、日常生活に支障がなく薬物療法もあまり必要としない状態
・上記のレベルに到達しない場合でも、症状が軽度で日常生活に支障をきたすような急な悪化がおこらない状態
これらの状態を維持することが目標とされています。
アトピー性皮膚炎の治療において重要な点は、今まさに皮膚の炎症と痒みがどの程度あるかによって治療方針が変わってくるということです。皮膚の炎症や痒みの程度が強い場合は、それらを速やかに抑える治療(寛解導入療法)が必要です。一方で、寛解導入療法によってある程度皮膚の状態が改善してきた場合には、その落ち着いた状態を長く維持する治療(寛解維持療法)を行う、といったようにその時の皮膚の状態により、使用する薬の内容や使用頻度、使用方法などが変わってきます。
当院では、アトピー性皮膚炎診療ガイドラインに沿って、特に初診時には治療内容、受診間隔、スキンケアなどに関して丁寧にご説明した上で、画一的な治療ではなく、患者様の皮膚の状態やライフスタイル、通院頻度などに応じてその時々に合った適切な治療を選択することを心掛けています。
外用薬による治療はアトピー性皮膚炎における基本となります。
抗炎症外用薬にはステロイド外用薬のほかに、プロトピック軟膏、コレクチム軟膏、モイゼルト軟膏、ブイタマークリーム(タピナロフクリーム)などのステロイド以外のアトピー性皮膚炎治療薬が近年次々と登場し、治療選択肢が増えてきています。いずれの外用薬もステロイドとはまた異なる作用の仕方でアトピー性皮膚炎の炎症を抑えるための薬剤で、その有効性と安全性が多くの臨床研究で示されています。
初めて開発されたのが1952年と最も古くから使用されており、アトピー性皮膚炎のみならず多くの皮膚疾患において用いられます。アトピー性皮膚炎に対しても第一選択薬で使用されることが多いです。他の外用薬と比較して皮膚の炎症が強いときに早く鎮静化させる作用に優れているため、寛解導入療法に向いています。
1999年にプロトピック軟膏0.1%が16歳以上を対象に発売され、2003年にプロトピック軟膏0.03%小児用が2歳~15歳までの小児を対象に発売されました。ステロイド外用薬の次にアトピー性皮膚炎に対して用いられるようになった塗り薬です。タクロリムスという免疫抑制剤が有効成分であり、皮膚炎のある部位に起きている過剰な免疫反応を抑えることで効果を発揮します。ステロイド外用薬に比べて皮膚炎を鎮静化させる作用は弱い一方で、副作用が少ないため寛解維持療法に向いています。
2020年6月にコレクチム軟膏0.5%製剤(成人用。生後6か月以上の小児も使用可能)が発売され、2021年6月にコレクチム軟膏0.25%製剤(小児用。生後6か月以上から使用可能)が発売されました。プロトピック軟膏以来、約20年ぶりのアトピー性皮膚炎治薬として使用されています。コレクチム軟膏はJAK(ジャック)阻害薬という薬で、アトピー性皮膚炎の炎症を起こす信号の経路(JAK/STAT経路)を阻害することで炎症を抑える働きがあります。ステロイド外用薬に比べて皮膚炎を鎮静化させる作用は弱い一方で、副作用が少ないため寛解維持療法に向いています。
2022年6月にモイゼルト軟膏0.3%製剤および1%製剤が発売されました。生後3か月以上から使用することができるため、ステロイド外用薬以外のアトピー性皮膚炎治療外用薬では最も早い時期から使用可能な軟膏です。生後3か月~14歳の小児では症状に応じて0.3%製剤または1%製剤のいずれかを使用することができます。15歳以上では1%製剤を使用することができます。モイゼルト軟膏はホスホジエステラーゼ4(PDE4)阻害薬というステロイド外用薬やプロトピック軟膏、コレクチム軟膏とは異なる新しい作用をもつ塗り薬です。ステロイド外用薬に比べて皮膚炎を鎮静化させる作用は弱い一方で、副作用が少ないため寛解維持療法に向いています。
アトピー性皮膚炎の治療の主役は外用薬ですが、塗り薬だけでは皮膚の炎症や痒みを抑えることができない(寛解導入できない)場合には、飲み薬を併用することがあります。
飲み薬には作用もマイルドで補助的な意味合いで使用する抗ヒスタミン薬や漢方薬から、皮膚の炎症を強力に抑える経口ステロイド、シクロスポリン、JAK阻害薬まで、色々な種類の飲み薬があります。
蕁麻疹やアレルギー性鼻炎などのアレルギー反応に対してよく用いられる薬です。肥満細胞というアレルギー反応に関わる細胞からヒスタミンが放出されることで、蕁麻疹や痒み、鼻水、くしゃみなどの症状が引き起こされます。抗ヒスタミン薬ではヒスタミンの働きを抑えることでこれらの症状に作用します。
ただし、アトピー性皮膚炎の痒みはヒスタミン以外にも様々な物質が関わっているため、抗ヒスタミン薬だけで痒みを完全に抑えることはできませんが、部分的に痒みを抑える効果があることは過去の臨床試験に通じて分かっています。そのため、通常抗ヒスタミン薬は外用薬の補助として使用されることが多いです。
ステロイド内服は比較的重症度の高い方に対して、寛解導入療法(皮膚の炎症、痒みが強い場合に、それらを速やかに抑える治療)として選択することがあります。広範囲に炎症の強い皮膚炎がある場合、ステロイド内服薬を適切に用いることでステロイド外用薬のみで治療する場合と比べて早く皮膚炎を落ち着かせることができます。一方で、ステロイド内服薬を用いるにあたり注意が必要な点があります。ステロイド外用薬とは異なり、ステロイド内服薬では糖尿病(血糖が上がりやすくなる)、胃炎・胃潰瘍(胃粘膜が荒れやすくなる)、易感染性(感染症を起こしやすくなる)、骨粗鬆症(骨がもろくなる)、白内障、緑内障などの全身への副作用が起こりえます。そのためステロイドを内服する場合は短期間にとどめて、皮膚炎が改善したら速やかに減量や終了することが重要となります。
シクロスポリンは臓器移植や骨髄移植における拒絶反応の抑制や、様々な自己免疫疾患の治療などに広く使用されている内服薬です。アトピー性皮膚炎においても、外用薬による治療では症状がなかなか良くならず、皮膚炎が全身の体表面積の30%以上の広範囲にある場合に使用することがあります。15歳までの小児に対する臨床試験は実施されていないため、通常は16歳以上の成人に対して用いられます。ステロイド内服薬と同様に、シクロスポリンにも全身への副作用(腎臓、肝臓、すい臓の機能障害、血圧上昇、感染症のリスクなど)が起こりえるため、基本的には投与期間は出来る限り短期間にとどめ、シクロスポリンの投与中は有効性と安全性の評価を定期的に行うことが必要となります。なお、シクロスポリンの使用は1回につき12週間までという使用期間の目安がありますので、使用が3か月を超えたら休薬することが必要となります。
2020年から使用されるようになった新しいお薬です。アトピー性皮膚炎では炎症や痒みを引き起こすIL-4(インターロイキン-4)やIL-13(インターロイキン-13)などのサイトカインと呼ばれるたんぱく質が正常よりも多く作られています。サイトカインは免疫細胞にくっついて信号を送ることで実際に炎症や痒みが引き起こされますが、この信号が伝わる経路をJAK/STAT経路(ジャック/スタット経路)と呼び、JAK阻害薬では炎症や痒みを引き起こす信号が伝わらないようにすることで、アトピー性皮膚炎の症状を改善させる作用があります。このJAKには4種類のサブタイプ(JAK1, JAK2, JAK3, TYK2)と呼ばれるそれぞれ異なる信号経路があり、JAK阻害薬ごとに阻害するJAKのサブタイプも異なっています。現在では2020年にJAK1/2阻害薬であるオルミエント(有効成分:バリシチニブ)がアトピー性皮膚炎に対して適応となり、2021年にはJAK1阻害薬であるリンヴォック(有効成分:ウパダシチニブ)とサイバインコ(有効成分:アブロシチニブ)が使用可能となっています。JAK阻害薬は生物学的製剤と並んで、今までの外用薬を中心とした治療ではなかなか良い状態を維持することが難しかった患者様にも期待できる治療選択肢の1つです。
生物学的製剤は2018年以降に使用されるようになった注射タイプの新しい薬剤です。バイオテクノロジーの技術を用いて病気を引き起こす物質や細胞の分子だけを標的にし、それらを抑えるように設計されています。そのため、ターゲットとなる物質が明確であるため、高い効果が期待できるとともに、副作用に関しても比較的安全に使用することができるという特徴があります。生物学的製剤は様々な診療科の病気に使用されていますが、皮膚科領域においてはアトピー性皮膚炎や蕁麻疹、乾癬、痒疹、悪性黒色腫、掌蹠膿疱症、化膿性汗腺炎などにおいて使用されています。アトピー性皮膚炎においては次の4種類の生物学的製剤が使用できますが、基本的にはいずれの薬剤も一定程度以上の重症度の基準を満たす場合に使用することができます。
生物学的製剤もJAK阻害薬と同様に、今までの外用薬を中心とした治療ではなかなか良い状態を維持することが難しかった患者様にも期待できる治療選択肢の1つです。
アトピー性皮膚炎の患者様に使用可能な初めての生物学的製剤として、2018年4月に発売されました。アトピー性皮膚炎においてはTh2細胞という細胞が引き起こす2型炎症反応により、炎症やバリア機能の低下、痒みなどを引き起こします。デュピクセントはこの2型炎症反応に深く関わるインターロイキン-4(IL-4)、インターロイキン-13(IL-13)という物質の働きを抑えることで炎症や痒み、バリア機能を改善させる効果があります。発売当初は15歳以上で使用可能という年齢制限がありましたが、その後小児への適応が拡大され、2023年9月からは生後6か月の赤ちゃんから14歳以下の小児にも使用することができるようになりました。また、デュピクセントはアトピー性皮膚炎以外にも結節性痒疹(15歳以上から使用可能)、特発性の慢性蕁麻疹(12歳以上から使用可能)にも使用することが可能です。
アトピー性皮膚炎の特に痒みに関わる物質であるインターロイキン-31(IL-31)の働きを抑える薬剤で、2022年8月に発売されました。アトピー性皮膚炎の痒みに対して使用することが可能です。発売当初は13歳以上からでしか使用できませんでしたが、2024年3月より6歳以上の小児から使用可能となり、対象年齢が拡大されました。また、結節性痒疹に対しても13歳以上から使用することができます。
アトピー性皮膚炎の2型炎症反応に関わるインターロイキン-13(IL-13)の働きを抑える薬剤で、2023年9月に発売されました。15歳以上から使用することができます。
アトピー性皮膚炎の2型炎症反応に関わるインターロイキン-13(IL-13)の働きを抑える薬剤で、2024年5月に発売されました。15歳以上の患者様、および12歳以上かつ体重40kg以上の小児の患者様を対象に使用することができます。
アトピー性皮膚炎の補助的療法の一つとして、紫外線照射療法があります。紫外線は波長によってUVA、UVB、UVCに分けられますが、そのうちUVBの中でも特定の波長(308~311nm)が皮膚炎が起こっている部位での炎症の軽減、掻痒感の軽減、炎症に関わる免疫の抑制に効果的であることが分かっています。アトピー性皮膚炎においても外用薬のみではなかなか良くならない場合や、副作用や基礎疾患を理由に内服薬などの他治療が難しい場合などに用いることができます。
現在ではアトピー性皮膚炎を完治させることのできる治療薬は残念ながらまだありません。そのため、いかにして日常生活において皮膚症状を気にしなくてもよい時間を長く作ることができるか、ということが大事になってきます。幸い、ここ数年で治療効果が高く、長期の使用も可能な新しい治療薬が出てきていますので、これまでは塗り薬を中心とした治療で症状をうまくコントロールできずにいた患者様にもよい結果が得られる可能性があります。当院では、アトピー性皮膚炎診療ガイドラインに沿って、特に初診時には皮膚の状態をしっかりと確認したうえで、画一的な治療ではなく、患者様の希望やライフスタイルに合わせて適切な治療を選択することを心掛けています。
1, 毎日入浴、シャワーを行い、皮膚を清潔に保つようにしましょう。アトピー性皮膚炎では患部の細菌を洗浄により少なくすることが重要とされています。また、バリア機能にダメージを与えないためにもボディソープなどで優しく患部も洗い、皮膚を清潔に保つようにしましょう。
2, 刺激の少ない衣類を選ぶようにしましょう。
3, 室内は清潔に保ち、定期的に掃除をしたり寝具を洗濯するようにしましょう。
4, 規則正しい生活を送り、十分な睡眠をとるようにしましょう。
5, 暴飲暴食は避け、バランスの取れた食事を心掛けるようにしましょう
6, 運動後などで汗をかいたときは、早めに汗を拭くようにしましょう。
7, 寝ている間に掻いてしまうことがある場合は、綿手袋などを付け、定期的に爪も切るようにしましょう。
8, 痒みを我慢できないときは、なるべく患部を冷やすようにしましょう。
皮膚が温まると血行が良くなり、かゆみが増してしまいます。局所的にかゆい場合は、かゆい所に氷枕やアイスノンなどを当てて冷やしましょう。(布やタオルで覆って使用します。)
全身がかゆい時には室温を調節しましょう。特に寝ている間にかきむしるのを防ぐために、夏は寝る前に弱くクーラーをかけ、寝室の室温を2~3℃下げると効果があるようです。冬は寝室の暖房は弱めにし、電気毛布などは使用しないようにします。
TOP